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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2993号 判決 1975年10月31日

原告 森岡印刷株式会社

被告 株式会社戸塚ストア

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し、二五〇万円およびこれに対する昭和四六年四月二五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二主張

一  原告(請求原因)

訴外株式会社トーワ・エージエンシー(以下「トーワ」という。)は、昭和四五年一一月三〇日現在、被告に対し六五万五、八〇〇円のチラシ広告印刷代金(以下「広告代金」と略称する。)債権を有していたが、右同日、トーワは原告に対し、右債権およびその後発生すべき被告に対する広告代金債権を二五〇万円の限度で譲渡することを約し、同年一二月五日被告に到達した内容証明郵便をもつて右債権譲渡の通知をした。

トーワの被告に対する広告代金債権の額は昭和四五年一二月分一四七万五、五〇〇円、昭和四六年一月分四七万六、二五〇円と逐次累積し、二五〇万円に達した。

よつて、原告は被告に対し、二五〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年四月二五日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否および抗弁)

(一)  請求原因事実中、昭和四五年一一月三〇日現在のトーワの被告に対する広告代金債権の額が六五万五、八〇〇円であつたこと、昭和四六年一月分の広告代金が四七万六、二五〇円であつたこと、トーワが昭和四五年一二月五日被告に到達した内容証明郵便をもつて債権譲渡の通知(但し、通知内容は措く。)をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

昭和四五年一二月分の広告代金は一四七万六、六〇〇円であつた。また、債権譲渡の通知は将来の広告代金債権を譲渡したとの趣旨を含んでいなかつた。

(二)  (抗弁)

1 被告は昭和四三年一一月頃より、トーワに対し、チラシ広告の印刷を依頼する取引を始めたが、昭和四四年六月頃より、トーワの要請に基づき、トーワに対し、約束手形をもつて、前渡金名下に金員を貸与するようになり、昭和四五年二月二四日現在該前渡金名下の貸金の額は六一二万九、二〇〇円に達した。そこで、同日、被告とトーワとの間で、被告は引続きトーワに対しチラシ広告の印刷を依頼し、トーワは昭和四五年一二月二五日までに逐次広告代金債権と貸金債権とを相殺する方法で右貸金を決済する旨を約定した。右約定に基づき、被告は、その後取引の継続された広告代金債権の一定額と貸金債権とを相殺し、かつトーワの資金関係を考慮して他の一定額を現実に弁済し、このようにして毎月分の広告代金は各月末に決済されてきた。昭和四五年一一月三〇日現在の広告代金は原告主張のとおり六五万五、八〇〇円であつたが、一方被告のトーワに対する債権の残額は二八三万五、七二三円存在しており、右同日、従前の例に従い、右広告代金(八万四、八〇〇円の値引を受け、五七万一、〇〇〇円となつた。)のうち四九万二、一八二円は被告の債権元本と、七万八、八一八円は利息債権とそれぞれ相殺された。その後、昭和四六年二月一七日まで被告とトーワのチラシ広告印刷請負の取引は継続したが、同日までの代金債権は右同様に被告の債権と相殺され、現在なお、七一万七、三五五円の被告の債権が残存し、トーワより弁済を得られない実情にある。

2 仮にトーワが原告に対し二五〇万円の債権を譲渡したとしても、トーワは譲渡の真意なく意思表示をし、原告はトーワの真意を知り、または知ることを得べかりしものであつた。もしくは、右債権譲渡は、トーワと原告が相通じ、譲渡の真意なく譲渡行為を仮装したものであり、いずれにせよ無効である。このことは、トーワが昭和四五年一二月六日被告に対し、債権譲渡はトーワの資金ぐりのためのゼスチユアにすぎない旨説明したことに徴しても明らかである。

3 仮に前記1の相殺の合意が認められず、かつ原告が二五〇万円の債権を取得したとしても、被告は昭和四七年一一月七日の第一一回口頭弁論期日において、前記1の二八三万五、七二三円の貸金債権をもつて原告の二五〇万円の債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

三  原告(抗弁に対する認否)

抗弁1、2の事実は否認する。

同3の事実は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  (債権譲渡)

トーワが昭和四五年一一月三〇日現在被告に対し六五万五、八〇〇円の広告代金債権を有していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一と証人清水学、同森岡敬雄の各証言によれば、昭和四五年一一月三〇日、トーワが原告に対し、右債権およびその後に発生すべき被告に対する広告代金債権を二五〇万円の限度で譲渡することを約したことを認めることができ(右認定を左右するに足る証拠はない。)、トーワが同年一二月五日被告に到達した内容証明郵便をもつて債権譲渡の通知をしたことは当事者間に争いがない。前記甲第二号証の一によれば、右債権譲渡の通知には、単にトーワに対する「二五〇万円」の「売上代金債権」を原告に譲渡したと記載されているにすぎないが、後述のとおり、トーワと被告との間には、当時、トーワが被告にチラシ広告を印刷納入する取引関係が存在し、逐月に広告代金債権が発生すべき関係にあつたのであるから、右債権譲渡の通知は現在および将来の広告代金債権を二五〇万円の範囲で譲渡した趣旨が表示されているものとみて妨げない。

このように将来の債権が譲渡され、かつその旨の譲渡通知がなされた場合には当該債権が具体的に成立し、譲渡の効力が確定的に発生したとき--改めて譲渡通知がなされるまでもなく--通知の効力を生ずるものと解するのが相当である。

そして、証人守屋英治の証言(第一回)とこれにより成立を認めうる乙第二七ないし第三一号証および被告前代表者森本昇市本人尋問の結果によれば、トーワの被告に対する広告代金債権の額は、昭和四五年一二月分一四七万六、六〇〇円、昭和四六年一月分四七万六、二五〇円、同年二月分二八万二、〇〇〇円であつたこと(昭和四六年一月分の広告代金の額は当事者間に争いがない。)、トーワと被告の広告印刷取引関係は昭和四六年二月一七日限り停止したこと、広告代金は毎月末締、翌月一〇日までに請求、同月二〇日支払の約定であつたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

従つて、右認定の昭和四五年一二月分および昭和四六年一月分の広告代金債権は各月末に発生し、昭和四六年二月分の広告代金債権は、特別の事情がない限り、取引停止となつた同月一七日に発生したものとみるべく、トーワがなした債権譲渡の通知のうち将来の債権にかかる部分は右各月の広告代金債権の発生したとき、その効力を生じたものとすべきである。

以上の広告代金債権の合計は二八九万〇、六五〇円であり、原告はこのうち二五〇万円の債権を取得した(二五〇万円の金額で画すれば、原告の取得した債権は昭和四六年一月分の一部までで、同年二月分は含まれないこととなる。)。

二  (相殺の合意)

(一)  合意に至る経緯--被告の反対債権の取得

証人守屋英治の証言(第一回)により成立を認めうる乙第五号証、同証人の証言(第二回)により成立を認めうる乙第三二ないし第四〇号証、第四二ないし第四六号証、第五三ないし第五五号証、第五八号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第四八ないし第五二号証、第六九ないし第七六号証、証人守屋英治の尋問調書(第一、二回)添付の宣誓書の署名の筆跡と対照して同人の作成したものと認められる乙第六七号証に証人守屋英治の証言(第一、二回)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は昭和四四年春頃資金不足に陥り、トーワに宛てて約束手形を振出し、トーワから金員を借受けることとなり、左記各金員の借受につき左記各約束手形を振出した。

借受約定金額  手形振出日     手形金額   通数

(1)  一二〇万円 四四、五、一  一二一万六、〇〇〇円 一

(2)  三〇〇万円 四四、五、一八 一一五万三、五〇〇円 一

〃      一二〇万円      一

〃      八〇万円       一

(3)  四五〇万円 四四、六、一六 一五三万円      一

四四、六、二〇 一四七万円      一

〃      一五七万円      一

(4)  一〇〇万円 四四、七、三  一〇三万円      一

(5)  一二〇万円 四四、八、一九 一二五万円      一

2  トーワは被告が振出した右各手形をいずれも他に裏書譲渡して換金した。

3  そして、右1の(1) の約定の一二〇万円を昭和四四年五月一三日に、同(2) の約定の三〇〇万円のうち一五〇万円を同年六月一〇日に、残額一五〇万円を同月二〇日にそれぞれ被告に交付した。その後、被告は右(1) (2) の約束手形を全部自己の出捐により決済した。

4  ところが、トーワは右1の(3) の約束手形のうち期日のもつとも早い金額一四七万円の分の満期である昭和四四年一〇月二五日が到来しても約定の四五〇万円を被告に交付しなかつた。そこで、被告は一旦所持人に対し右一四七万円の約束手形金の支払を拒絶したが、結局和解により右手形金を所持人に弁済することを余儀なくされた。昭和四四年一一月五日に至り、トーワは被告に対し八九万〇、三〇〇円を交付したが、もとより右1の(3) の約束手形のうち金額一五三万円および一五七万円の全額を決済するに足りず、右各約束手形もまた被告が自己資金を足して決済した。更に、トーワは右1の(4) (5) の約定の貸金を全然被告に交付せず、一方当該手形は被告が自己の出捐で決済したことは右同様である。

このように認められる。

前記乙第三六号証中の前記1の(3) の金額一四七万円の約束手形の振出日に関する記載は前記乙第六九号証の記載に照らし、前記乙第五、第三七号証中の前記1の(3) の金額一五三万円の約束手形の振出日に関する記載は前記乙第七三号証の記載に照らし、前記乙第五号証中、トーワが被告に一五〇万円を交付した日に関する記載は乙第五五号証の記載に照らし、いずれも真実に合うものとは認め難く、また前記乙第四二ないし第四六号証の記帳中、前記1の(1) ないし(5) の各手形の発行事由を仮払金ないし買掛金とした部分は不正確であるとすべきである。更に、証人守屋英治(第一、二回)、被告前代表者森本昇市本人の各供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被告のトーワに対する約束手形の振出交付は、これによつてトーワから資金の融通を受ける目的でなされたもので、額面金額と借受金額との差額はこれを利息として控除する趣旨であり、一種の手形割引であると認められる。従つて、前記3認定のとおり現実に資金融通の目的を果した1の(1) (2) の取引は完結したものとすべきであるが、1の(3) ないし(5) の取引は被告において約定の借受金の全部もしくは一部の交付を受けておらず、しかも当該手形は被告の出捐で決済したのであるから、トーワは、法律上の原因なくして、1の(3) の約束手形額面小計四五七万円から八九万〇、三〇〇円を差引いた残額三六七万九、七〇〇円および(4) (5) の約束手形額面との合計五九五万九、七〇〇円相当を利得し、これにより被告は同額の損失を蒙つたものと認められる。従つて、被告はトーワに対し五九五万九、七〇〇円の不当利得償還請求権を取得した。

(二)  準消費貸借および相殺の合意の成立

前記乙第六七号証、被告前代表者森本昇市本人尋問の結果により成立を認めうる乙第二号証と証人守屋英治の証言(第一、二回)によれば、次の事実を認めることができる。

トーワの代表取締役訴外藤原保男と被告前代表者森本昇市は昭和四五年二月二四日、借用証なる書面(乙第二号証)を作成して、前記不当利得償還請求権を目的とする金額六一二万九、二〇〇円の準消費貸借契約を締結し、その支払方法は毎月五〇万円宛分割弁済し、昭和四五年一二月二五日限り残金を完済すること、利息は日歩五銭の割合とし、毎月末に支払う旨約定するとともに、既に昭和四四年一一月から被告の依頼に基づき被告経営のストアのチラシ広告の印刷納入を行つていたトーワは、毎月五〇万円の限度で当該広告代金債権と被告の貸金債権(元利とも)とを相殺する方法によつて被告に対する借受金を逐次決済すべき旨を約諾した。

このように認められる。

前記乙第二号証には藤原保男個人の署名しかなく、肩書住所もトーワの本店所在地と異なるもののようであるが、記載内容と照し合わせると、同号証記載の約定は藤原がトーワの代表取締役としてなしたものと認めるのが相当である。また、広告印刷取引の開始時期に関する被告前代表者森本昇市本人の供述は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  相殺の対象となる貸金債権の範囲

1  右準消費貸借の金額六一二万九、二〇〇円は、前記(一)1の(1) (2) の約束手形金額と現実の借受金額との差額一六万九、五〇〇円を不当利得償還額五九五万九、七〇〇円に加算したものであるところ、右約束手形による資金融通の目的は達成され、右差額は利息として控除された金額に該当するものであるから、被告がトーワに対しその支払を求める権利がないこと明らかである。

2  前記乙第五号証ならびに証人守屋英治の証言(第一回)および右証言により成立を認めうる乙第六ないし第八号証によれば、トーワは前記準消費貸借契約成立の前日である昭和四五年二月二三日被告との間で、昭和四四年一一月一日ないし昭和四五年一月三〇日期の広告代金債権一〇〇万〇、一〇〇円のうち五〇万円と被告の不当利得償還請求権中の五〇万円とを差引計算する旨の相殺契約を締結し、同時に当該相殺残五〇万〇、一〇〇円をトーワに現実に支払つたことが認められるから(右認定を左右するに足る証拠はない。)、被告の不当利得償還請求権は前記準消費貸借契約当時五〇万円だけその額を縮減していた。

3  右1、2で説明したところによれば、前記準消費貸借は、右1の一六万九、五〇〇円、右2の五〇万円各相当額につき既存債務の存在を欠いていたのであるから、五四五万九、七〇〇円の範囲でのみその効力を生じ、相殺の対象となる被告の貸金債権は右の金額を出ないこととなる。

(四)  相殺の実行と相殺の合意の変更

前記乙第五ないし第八号証、第二七ないし第三一号証、第六七号証、証人守屋英治の証言(第一回)により成立を認めうる乙第九ないし第二六号証、同証人の証言(第二回)により成立を認めうる乙第四一、第四七号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第六二ないし第六六号証に証人森岡敬雄、同守屋英治(第一、二回)の各証言、被告前代表者森本曻市本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  前記相殺の合意成立後、被告は別紙取引一覧表(以下「別表」という。)の「支払日」欄記載の各日時に、同表記載のとおり、「取引期間」欄記載の各期間にトーワが印刷納入した「請求額」欄記載の各広告代金(但し、数量不足、内容そご等の理由で「値引額」欄記載のとおり値引したものがある。)のうち「相殺額」欄記載の各金額を被告の貸金元本と、「利息受入」欄記載の各金額を右貸金の利息とそれぞれ相殺し、かつ「支払額」欄記載の各金額を支払つたこと(別表には、便宜上、前記(三)2の相殺契約および支払関係を併記した。)、相殺が五〇万円を下廻り、現実の支払の方に廻つた分があるのは、被告がトーワの要請に基づき当初の約定をその都度変更し、トーワが受けるべき現実の支払額を多くしたことによるものである。

2  昭和四五年九月一四日被告はトーワの懇請に基づき、約束手形により九〇万円をトーワに貸与した。従つて、被告のトーワに対する貸金の総額に右九〇万円が加わつた。

3  ところが、昭和四五年九月頃トーワの資金繰が悪くなり(もともとトーワは昭和四四年九月下旬手形の不渡を出し、原告を含む債権者委員会((被告は参加しなかつた。))の手でトーワに事業を継続させて債権の回収を図る方策が講じられたが、業績は好転しなかつたのである。)、この状況を看取した被告の申入により、爾後は月々の広告代金の全額を被告の貸金債権と相殺することと約定された。その経過は別表10/1-10/31期以降の記載のとおりである。

このように認められ、前記乙第五、第四一、第六七号証中右認定に反する部分は真実に合うものとは認め難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(五)  相殺の合意の効力

以上の認定事実を総合すれば、被告とトーワとの間で昭和四五年二月二四日になされた相殺の合意は爾後トーワの広告代金債権が発生したとき右債権と被告の貸金債権とを毎月五〇万円の限度で(後に変更されて広告代金全額をもつて)相殺する旨の基本的合意であり、これに基づき、被告とトーワは毎月個別的に相殺契約を締結してきたものとみるべきである。しかし、このような相殺契約の効力は契約の効力の限界を越えるものではなく、契約は一般に第三者の権利を害することはできないから、譲渡されて対抗要件を具えた債権を原債権者(譲渡人)と債務者の契約で消滅させることは許されない。本件における昭和四五年一一月三〇日現在の広告代金債権についてなされた相殺契約は債権譲渡の通知の後であり、また昭和四五年一二月分、および昭和四六年一月分の広告代金債権についてなされた相殺契約も債権譲渡の通知の効力の発生した時(その時期については前記一参照)以後になされた関係にある。従つて、右各相殺契約は原告に対する関係において効力がなく、被告の抗弁は採用できない。

三  (法定相殺)

(一)  民法第四六八条第二項は、債権譲渡の通知があつた場合、「債務者ハ其通知を受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由ヲ以テ譲渡人ニ対抗スルコトヲ得」る旨規定する。右規定は債務者の関係しない債権者と譲受人間の譲渡行為によつて債務者の不利益を増大させてはならないとの法意に出たものである。他方、相殺は、相互に同種の債権を有する当事者が債権関係を簡易に決済し、且つ公平に処理することを目的とする法律制度であり、更に相殺権を行使する者に対し、受働債権につき担保権を有するにも似た地位を与える機能を営むものであり、かかる制度の目的ならびに機能に照らすと、制度によつて保護される当事者の地位はできる限り尊重しなければならない。このような観点からすれば、債権譲渡の通知があつた場合、債務者は、その反対債権が債権譲渡の通知前に取得されたものである限り、右債権と受働債権の弁済期がともに右通知後に到来するものであつても、また各弁済期の前後を問わず、両債権が弁済期に達しさえすれば、相殺によつて両債権を相殺適状を生じた時に遡つて対当額で消滅させることができるものと解するのを相当とする。

(二)  被告の貸金債権の元本の額は前記(三)3の五四五万九、七〇〇円と前記(四)2の九〇万を合算した六三五万九、七〇〇円であつたところ、トーワの債権譲渡の通知前になされたトーワと被告間の相殺契約によつて合計三七〇万一、二九五円は決済されたこととなるから、元本残額は二六五万八、四〇五円となる。右元本残額のうち前記(三)3の五四五万九、七〇〇円の残額に当るものの最終弁済期は昭和四五年一二月二五日であり、前記(四)2の九〇万円の残額に当るものは、当該貸金に弁済期の定めがあつたことが認め難いのでいつでも請求しうる状態にあつたものとすべく、他方、原告の取得した広告代金のうち昭和四五年一一月分は同年一二月二〇日、同年一二月分は昭和四六年一月二〇日それぞれ弁済期に達したものであり、同年一月分は、特段の事情がない限り、トーワと被告との広告印刷取引関係が停止された昭和四六年二月一七日直ちに支払うべきものと約定されたと推認すべきであるから、被告が相殺の意思表示をなしたことが記録上明らかな昭和四七年一一月七日の第一一回口頭弁論期日当時被告の貸金債権(自働債権)と原告の広告代金債権(受働債権)は相殺適状にあつたものであり、従つて右意思表示により両個の債権は相殺適状の時に遡り、対当額で消滅したものといわなければならない。

四  (結論)

以上によれば、原告の本訴請求は、爾余の点について審究するまでもなく失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山巌)

(別表)取引一覧表<省略>

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